宗教法人 修養団捧誠会の沿革 | 社会の出来事 | ||
---|---|---|---|
1899年(明治32) | 12月3日、教祖出居清太郎誕生。現在の栃木県佐野市高萩。 父幸八・母コマの三男。 | 明治37〜38 | 日露戦争 |
1915年(大正4) | 教祖、東京に出る。いとこ宅に止宿し、種々の仕事を経験する。 | 大正3~7 | 第一次世界大戦 |
1920年(大正9) | 教祖、宇都宮第五十九連隊に入営。 | ||
1922年(大正11) | 教祖、除隊後再び東京に出る、寺島方面に下宿する。 神理研究会を設立。 | ||
1923年(大正12) | 教祖、不敬罪容疑で市ヶ谷刑務所に未決6か月を過ごす。 無罪となり出所。 9月1日、関東大震災に遭う。在郷軍人として自警団に加わる。惨状を目撃して衆生済度を決意し、修行のため、富士山を目標に東海道の旅に出る。 10月、箱根山中にて天啓を受ける。 | 大正12 | 関東大震災 |
1924年(大正13) | 教祖、東海道を転々とする。この間、箱根山中にて「汝日本の柱」の天声に触れる。 | ||
1925年(大正14) | 教祖、伊豆伊東の日蓮崎に赴く。伊東市音無神社に野宿し、再び衆生済度の決意を固める。 10月23日、静岡浅間神社境内賤機山に一夜を明かし、天声を自覚する。 | 大正14 | 治安維持法成立 |
1926年(大正15) | 教祖、親和会を設立する。 | ||
1928年(昭和3) | 教祖、政府に謹告文を提出する。(「昭和3年の打ち出し」)治安維持法違反の容疑で市ヶ谷刑務所に未決8か月を過ごす。 | ||
1929年(昭和4) | 1月、教祖、執行猶予3年とされ出所する。東光会を設立。 5月16日、今泉菊のと結婚。 | ||
1931年(昭和6) | 教祖、満州事変にあたり、政府に謹告文を提出する。 | 昭和6 | 満州事変 |
1935年(昭和10) | 教祖、不敬罪容疑で市ヶ谷刑務所に送られ、後に豊多摩刑務所に1年間服役する。この間、獄舎に迷い込んだ鼠によって、「万物これ誠なり」の悟りを得る。 | 昭和11 昭和12 | 二・二六事件 日中戦争始まる |
1941年(昭和16) | 6月21日、財団法人修養団捧誠会発会(会長・上野良亟)。 | 昭和16〜20 | 太平洋戦争 |
1942年(昭和17) | 最初の支部として、新潟県支部が発会する。以後、各地に支部が発会する。 | ||
1947年(昭和22) | 宗教法人捧誠会発足 | ||
1950年(昭和25) | 捧誠会本部会館落成(豊島区池袋の現在地)。 | ||
1952年(昭和27) | 本部において、正午の「平和の祈り」を始める。第2代会長に青野健夫就任。宗教法人修養団捧誠会発足。 | ||
1954年(昭和29) | 第3代会長に田中栄三郎就任。 | ||
1957年(昭和32) | 本部において原水爆実験取消祈願式を行う。 | 昭和31年 | 日本、国連に加盟 |
1958年(昭和33) | 教祖、毛沢東・蒋介石両氏および世界の指導者に謹告文を送る。 | 昭和33 | 中共と台湾金門島攻防で砲火 |
1959年(昭和34) | 因島に「平和一神」和石建立。(以後各地に石碑建立。「悠久世界平和建設運動」「神石・和石」の項参照)捧誠会本部平和郷落成。 | ||
1960年(昭和35) | 機関誌『平和郷』(現『ふゆのあり』)創刊。 | 昭和35 | 日米新安保条約調印 池田内閣、所得倍増計画決定 |
1961年(昭和36) | 教祖、浦和で一時昏睡状態となり、回復後「会員に告ぐ」を発して、会員の意識改革ををうったえる。 | 昭和36 昭和37 | ベルリンの壁構築 キューバ危機 |
1964年(昭和39) | 第4代会長に真部友一就任。 | 昭和39 昭和40 | 東海道新幹線開業 東京オリンピック開催 米軍、ベトナムで北爆開始 |
1968年(昭和43) | 1月、教祖、「国民に告ぐ」を発表し、今後15年間の国民の心構えと実行を示す。 4月、松山・椿神社にて世界平和祈願祭を行う。 | 昭和43 | 大学紛争起こる |
1969年(昭和44) | 1月、教祖、悠久世界平和郷建設の決意を表明する。 4月、松山椿神社に「世界平和」和石建立。悠久世界平和郷の用地として、現在地を定め、入手交渉を開始する。 | ||
1970年(昭和45) | 2月、伊東・日蓮崎に「世界平和誓願碑」和石建立。 11月、京都・建勲神社に「大平和敬神」神石建立。 | ||
1971年(昭和46) | 3月、高知・兼山神社に「亜細亜開発」和石建立。 10月、静岡浅間神社に「万物尊愛」和石建立。 | 昭和46 | ドル・ショックおこる |
1972年(昭和47) | 教祖、世界一周巡教の旅を行う。その途次、ローマ法王パウロ6世に謁見。松山椿神社においてベトナム平和祈願祭を行う。 | 昭和47 | 沖縄の本土返還成る 田中角栄通産相「日本列島改造論」を発表 日中国交正常化実現 |
1973年(昭和48) | 7月、教祖、アジア開発親善交流旅行を行う。 9月、香川県・地蔵院萩原寺に「世界一観」和石建立。 | 昭和48 | ベトナム和平協定調印。第1次オイルショックおこる |
1974年(昭和49) | 沖縄県護国神社に「人命尊愛」神石建立。悠久世界平和郷起工式を行う。 | 昭和49 | 戦後初の経済マイナス成長 |
1977年(昭和52) | 10月、悠久世界平和郷入魂式ならびに竣工式を行う。 | ||
1978年(昭和53) | 第5代会長に井上正一就任。 | ||
1979年(昭和54) | 教祖、「誠文」を大平正芳首相に届ける。 | 昭和54 | 第2次オイルショックおこる |
1981年(昭和56) | 第6代会長に佐藤亀雄就任。海外建碑の第1号として、ブラジル・アチバイヤ市に「天地正大」神石を建立する。 | ||
1983年(昭和58) | 一般向け講演会「なっちゃんの講習会―幸せ予約承ります」を、全国6か所で開催。 8月23日、教祖逝去(83歳)。出居菊の第2代総裁就任。 10月、長崎・福済禅寺に「悠久世界平和」和石建立。 | ||
1984年(昭和59) | サンフランシスコ・リンカーンパークに「大自然」神石建立。神里の御霊所落成。 | ||
1989年(平成元) | シドニー大学セントジョーンズカレッジ内に「四海兄弟万国和平」和石建立。 | 平成元 平成2 | ベルリンの壁撤去始まる バブル経済崩壊 |
1991年(平成3) | 北京・全国地質図書館内に「勤労感謝」和石建立。 | 平成3 | 湾岸戦争 ソ連消滅 |
1992年(平成4) | 現本部会館竣工。 | ||
1996年(平成8) | 初めての会長選挙実施。第7代会長に青木恒春就任。 | 平成7 | 阪神淡路大震災 地下鉄サリン事件 |
1997年(平成9) | 出居菊の第2代総裁逝去。出居茂第3代総裁就任。 | ||
1998年(平成10) | 教祖生誕100年祭挙行。 | ||
1999年(平成11) | 現高萩平和郷竣工。 | ||
2001年(平成13) | 本会発会60周年記念式典挙行。 | 平成13 | 米国で同時多発テロ発生 |
2003年(平成15) | 会母誕生100年祭挙行。 | ||
2005年(平成17) | 第8代会長に木島一郎就任。神里に菊清寮(宿泊棟)建設。 | ||
2011年(平成23) | 出居茂第3代総裁逝去。出居徳久第4代総裁就任。 | 平成23 | 東日本大震災 |
2014年(平成26) | 第9代会長に早山徹就任。神里・悠久寮の一部を改修し、出居清太郎記念館とする。 | ||
2020年(令和2) | 第10代会長に青木正孝就任 | 令和2 | 新型コロナウイルス感染拡大始まる |