今月の言葉

2020年5月

苦労がえらいのです

私には自分のための“苦労”は一つもないといってよい。私の苦労はすべて平和建設につながる苦労である。
その一つ一つを分析してみれば、多くの人々の悩み苦しみの引き受けであった。
今日まで、どれほど引き受けてきたか知れない。
先年、高知で新聞記者と面接した折の一問一答が面白い。

 記者 あなたが東京から来た偉い先生ですか。
 出居 ああ、苦労がえらいのです。
 記者 どういうことですか。
 出居 私自身、自分をいわゆる“偉い人”だとは思っていません。毎日の苦労が“えらい”と思っています。

多くの人の苦労を背負っていくのは、目に見える荷物を持っていくのと違って“えらい”業である。それでも私の肉体はおとろえることがない。かえって健康を増していき、若やいでくるばかりである。
一言にいうと、人さまの汚物をこの身に受け、それを浄化してわが身の肥にしていく。だからやせ衰えることはないのである。

 記者 捧誠会の教えはどんな教えですか。
 出居 漢文のような、哲学のような難しい話ではありません。ごく平易な、天地自然の法則を学び修めて行っていくのです。
 記者 天地自然の法則とは?
 出居 陽が沈むと暗くなるでしょう。そうすればやすむんですよ。また太陽が上がれば明るくなるでしょう。そうすれば起き上がるんですよ。便所に行きたくなったら行くんですよ。腹がへったら食べるんですよ。そうして与えられた任務を捧誠でやるんですよ。
 記者 そんな簡単なことですか。それなら教えられなくても知っています。
 出居 知っているでしょうね。しかし日の出に敬意を表してお迎えする気持ちを持っている人が何人あるでしょう。沈む陽を「ごくろうさま」と心から見送る人が何人あるでしょう。
 記者 太陽の送り迎えをしなければいけないのですか。それでは心掛けましょう。

(出居清太郎著『敬霊気』第2巻)