会員の声

神の子であることを自覚して修養実践する

修養団捧誠会 会長 早山 徹

1年前の昭和52年10月10日、この神里では、悠久世界平和郷竣工式が挙行され、5千人の会員が集い、熱気に包まれておりました。教祖出居清太郎先生は、悠久世界平和郷建立の趣旨について、「誠(せい)文(ぶん)」を発表され、およそ次のように述べられました。
「この神里はひとり捧誠会のものではなく、人種、国籍、信教を超えて、世界の人々が集い、天地自然の法則のよって生ずる太極の象徴たる富士山との魂の交流を通して、悠久世界平和を誓う場所である。」
私たちはこの神里の竣工を記念し、先生が示された理念に少しでも近づくために、毎年神里聖地祭を開催してまいりました。

先生が示されました目標「悠久世界平和」はとてつもなく大きな目標でありますが、世界を見渡しますと、また、私たちの身の周りを見ても、先生が示されたことの重要性が明らかに増しています。私たちは先生の目指された目標に少しずつでも近づける努力を、粘り強く続けていかなければならないと思っております。

先生は、悠久世界平和は「人づくり」とも言われました。この神里に足踏みをし、太極(たいきょく)との魂の交流を通じて真理を悟り、世界の人々の信頼を集め、広く影響を及ぼしていく。そのことを自ら実践するとともに、そのお手伝いをさせていただくのが私たちの務めだと思っております。

私は幼少の頃、祖母に連れられて修養団捧誠会の会員になりましたが、実質会員としてご指導を受け、勉強し、会の活動に参加するようになりましたのは、大学生の頃でした。青年たちの目標として青年部綱領があり、その最初に「神の子であることを自覚して修養実践し、良き指導者となるよう心がけること」と記してあります。

私は若い頃から多くの指導者に仕え、指導を受けてまいりました。また、私自身がリーダとなり、指導的立場に立つことも少なからずありました。その中で指導者像はきわめて多様であり、求められる資質も多岐(たき)にわたり、綱領に書かれている良き指導者とはどんな指導者なのか、私にとって長年にわたる課題でありました。そして最近になって遅ればせながら少し分かってきたように思います。

それは、冒頭の「神の子であることを自覚して」という部分に重要な意味があると思っております。つまり、神の子の自覚が指導者としての最も重要な資質であるということです。

一般にリーダの役割として、進むべき方向を示すこと、しかも正しい方向を示すことが重要と言われています。進む方向を間違えると何をやってもうまくいかなくなってしまいます。正しい方向を示し、エネルギーを吹き込んでリードしていく、それが良き指導者の姿だと思います。
それでは正しい方向とはどんな方向なのでしょうか。それは天地自然の法則に沿っている、天地自然の法則に調和していることです。私たち、人も天地自然の一部ですから、天地自然の営みと調和しない行動、活動には無理があります。それを無理に推し進めれば破綻(はたん)します。

教祖出居清太郎先生は「神」を以下のように位置付けられています。すなわち「天地自然の法則のよって生ずる太極」つまり「私たちが住んでいる世界、宇宙を支配している法則」、「その法則の元になっている太極」を神と位置付けておられるのです。従って、神の子であるということは、天地自然の法則に基づいて生を享(う)け、天地自然の法則のもとで生き、活(い)かされている存在であるということです。つまり、神の子は天地自然の法則を正しく理解し、その法則に調和して生きていかなければならないということになります。

天地自然の法則に調和して生きること、その究極は「万霊万物尊愛(ばんれいばんぶつそんあい)」です。この世界に生きるすべての人、魂、そしてこの世界に存在するすべてのもの、それらを尊び愛する、大切にする、そのことによって初めて悠久なる世界の平和が実現できるのだと思います。
今、世界では、さまざまな対立や紛争が後を絶ちません。私たちの身の周りでもさまざまな対立によって悲惨な事件が起こっています。神の子の自覚に基づく修養実践を経て成長された人たちが、この世界の指導者として人々に影響を与え、その輪を広げていくことによって、世界の平和に一歩一歩近づいていくのではないでしょうか。

教祖出居清太郎先生はそのことを青年部綱領に示し、若い青少年に大きな期待を込めて託されました。
私たちは自らの修養実践によって指導者としての資質を高めるとともに、次の世代を担う青少年が世界の指導者として成長していただくためのお手伝いをしていかなくてはならないと思っております。

(2018年10月8日 第42回神里聖地祭における式辞から)