会員の思いと行い

主人の弟夫婦との和解

25年前、主人は弟が、経営していた医院を改築する際の連帯保証人になりました。そしたらわずか10年で、弟は突然、その医院を自己破産という形で閉めてしまいました。改築の際の借金は億単位でしたから、連帯保証人である主人は、抵当として主人名義のものをすべて差し出すことになりました。
主人の父は医者で医院を経営し、主人には兄と弟がいましたが、3人とも医者になっていました。それでまず兄が父親を手伝い、次に主人が加わり、訳あって兄が去った後、弟が加わりました。
そういう中で、お互い仲良く協力してやっていくというような平和な家族ではありませんでした。それぞれが己の意見を頑固に主張したいというタイプの集まりで、それではうまくいかなかったのも当然だったと今は思います。
私もまた、主人の実家の人たちの言動になじめず、不満を持ちながら、できるだけ距離をおいてお付き合いするような感じでした。そんな時の突然の出来事でした。
その頃主人は医院を離れて別のところで仕事をしていましたが、何も相談されず、自己破産を決めた後で知らされたと怒っていました。
常日頃面白くない感情を持っていた私でしたが、捧誠会に入会させていただいて約10年、こういう時はどう実行して乗り越えていけばいいのかを考えました。
ふと、教祖様のお言葉に、嫌いな人のところへも、菓子折りを持って、感謝のお礼に行きなさいという教えがあったことが頭に浮かび、その実行をしようと思い立ちました。
そして義弟夫婦に何か感謝することはないかと考えました。そして医院の敷地内の家に住んでいる二人は、何かと両親のお世話をしてくれていたことに気づき、そうだ、そのことの感謝はできると、「このたび医院を閉めることになったことは残念ですが、お二人には主人の両親の面倒を最後まで見て下さって有り難うございました」と申しました。二人は「申し訳ありません」と言いながら、ホッと安心した様子でしたし、私もうれしい気持ちになったことが思い出されます。
その後義弟夫婦は他県に移り住みましたが、6年前に私たち夫婦は、その家を初めて訪問し、義弟夫婦の家族と楽しく過ごすことができました。その3か月後に義弟が脳梗塞で倒れたという知らせがあり、私たちは何度も会いに行きましたが、6か月後に亡くなりました。そして義妹のたっての願いもあり、実家の先祖代々の墓に埋葬されました。
そして主人も昨年亡くなり、今は主人も義弟も、両親の骨壺と仲良く並んで納められております。今は、義妹と私はお墓参りを度々一緒にし、義妹からは「感謝してもし切れない」という言葉をいただいたりして、仲良く交流できています。
25年前、まさかこのような心境になれるとは夢にも思わなかった安らかな今日の環境に、教祖様のみおしえは心から信じられると、改めて感謝申し上げます。

(M女 会員の手記をもとに編集したものです。)