会員の思いと行い

ストップの声が出てなかったらたいへんなことに

世界中の人が今までと違うライフスタイルに戸惑い、さまざまな制約の中、日々懸命に暮らしている。
私の生まれた昭和43年、1968年のわずか100年前に徳川慶喜が大政奉還、江戸時代から明治へ、新しい時代の幕開けと、時の流れはすさまじい。スペイン風邪も100年ほど前に流行し、口を覆うマスク、手洗い等、今とほぼ同じ対策で当時の人々はその波を乗り越えたらしい。

最近読んだ教祖のおさとしに、「母はわが子へ愛情を注ぐのでありますが、この愛情の使い方が問題であります。(略)人のこの世で、万事の使い方は、その持ち方で決まります。扇子一本の持ち方によって、その使い方も変わるでしょう。(略)愛情にしてもその持ち方によって、いろいろに変わってまいります。持ち方が誤っておれば、どれほどの愛情であっても邪愛になってしまう」とあった。
捧誠会員であった亡き祖母も明治生まれだった。体調を崩して昨年末入院した実家の父は、その後はお蔭さまで回復し、日々いのちの尊さを感じている。外孫、内孫合わせて6人を育てあげた実家の母。学業をさらに進めるか、はたを楽にさせるかで悩み、今後の進む道がまとまらず、焦りながら過ごす息子。いのちの親のみしらせからお蔭さまで7年目、日々元気に生かしていただいている私。曜日を問わず帰宅の遅い主人に、私も疲労がたまると、せわしく心に余裕がなくなり、いつの間にか不平不満の気持ちがわいて体は不調、そこで自分を省みなければと、気持ちの切り替えに努力を要する毎日だ。

昨年末運転免許を取得したものの、あまり運転したがらない息子の練習にと、息子にハンドルを任せて私は助手席に座った。隣家の塀で見通しのよくない、家の駐車場から発車する寸前、私はとっさに「ちょっとストップ、コートを脱ぐから」と、今にもアクセルを踏み出そうとする息子に声をかけて、一度つけたシートベルトを外しかけた。
次の瞬間、車のボンネット前方を、三輪車もどきのスライダーの幼児が右から左にスーッと横切った。あと数秒ずれて、私がコートを脱ぐからと声をかけなかったら危ないところだった。
息子も「大変なことになるところだった。ストップと言ってくれて助かったよ」と言った。とっさに出た声、いのちの親の計らいで救っていただいたと親子で感じ、すぐにご神前にお礼を述べさせていただいた。

今のご時世、マイパソコンなし、スマホの機能を上手に使いこなせないアナログ人間の私だが、時を超え、時代を超え、現代に思いが受け継がれてきたように、捧誠会のおしえを、生きていく上でのよりどころとし、日々の生活の心の支えに、また数々の縁をつないでくださった先人のみ霊(たま)にも、心からの感謝の気持ちを持ち続けてふんばりたい。

(K女 会員の手記をもとに編集したものです。)