会員の思いと行い

幸せの方程式が解けるようになりたい

3年前の5月、同居している当時90才になる主人の父が、軽トラを運転中交通事故を起こしました。信号のない交差点で優先道路を右から直進してきた車に、一時停止して進まなければいけない父の軽トラが接触し、左に曲がり、その直後高齢者事故特有のアクセルとブレーキを踏み間違え、猛スピードで道路にそって植えてあった生垣にこするように進み、生垣の中ほどにあった大きな植木に正面からぶつかり、軽トラはひっくり返り、逆さまになって止まったのでした。
父が救急車で運ばれたと電話があり、私は病院へ駆けつけたのです。父は診察室に入っていて待合室で待つようにと病院の方に言われました。待っている間警察の方から事故の概要を聞きました。
「これは今よく言われている高齢者特有の事故です。接触事故は大したことはなかったのですが、その後、アクセルとブレーキを踏み間違えたのでしょう。ちょうど学校の下校時で、もし下校している子供の列に飛びこんでいたら大変なことになっていたかもしれません。今後、運転するかどうかは家族でよく話し合ってください」と言われました。

診察が終わり、私も診察室に入り、お医者様の話を聞きました。父は植木に車がぶつかった衝撃でフロントガラスに頭をぶつけ、フロントガラスは粉々になりました。父は頭の一番固いおでこをぶつけ、奇跡的に骨に異常はなく、軽い外傷と打撲ですみ、鎮痛剤だけ処方され、通院の必要もなく、家に帰ってよいということでした。
警察の方から、入院でも通院でもないので人身事故にはなりませんと言われました。接触した相手の車は大きな破損もなく、運転されていた方も怪我はなく、父の車は廃車となったものの、父は軽傷で、軽トラがぶつかったところは建物でもなく、人でもなく、生垣だったということで不幸中の幸い、父は守られているなと思いました。

父はしばらく体の痛みがあり、当分運転はしないと言いました。ところが9月の誕生日が来たらまた軽トラを購入して運転したいと言い出しました。警察の方から家族で話し合うようにと父も言われていたので、何度となく車を運転したい父と、運転を認められない私たち夫婦で話し合いをしました。
父は器用な人で、畑仕事だけでなく、簡単な大工仕事や左官仕事、植木の剪定など、いろいろなことができるし、じっとせず体を動かしているのが好きなのです。ですから車を運転したい気持ちは分かるのです。けれども90才という高齢、この事故以前も駐車場で接触事故を起こしたり、何度か小さな事故があり、今回の事故でもう運転はやめなさいということだと思っていましたが、父は諦められないのです。
父は「軽い事故で済んだのでこれからはより気を付けて運転し、仕事をしなさいということだと思う」と言いました。この事故の受け止め方が父と私たちでこんなにも違うのかと驚きました。

ある日、父と私の二人だけで昼食を食べている時、父から運転をしたいので認めて欲しいと言われたのですが、「お父さんには申し訳ないけれど、運転していいとは言えないわ。お父さんにはやめて欲しいとしかお頼みできないです。私がお父さんの運転手になりますから、何でも言ってください」と言いました。この会話の後の父の涙ぐみそうな、がっくりとした後ろ姿が私にも辛いものでした。

今、私たち夫婦は、主人の母の在宅介護をしており、夫婦一緒に出掛けることはできず、いつもどちらかが家にいる状況です。自由に出かけられない私たちと、車の運転ができなくなって自由に出かけられなくなった父とは同じようなものかと思いました。
今に至るまで何度心を濁したことか…。主人を責める心、毎日のように訪問看護、訪問入浴、往診などがあり、自分の時間がなく、用事があるのにあれもできない、これもできないと、一時は介護うつ状態だったと思います。
その不自由さは痛いほどわかるので、運転は認められないけれど、何とか父の気持ちに添いたいと思い、父が買い物したいとか用事で出たい時、できるだけ父のことを優先しようと心に決めました。ただそうするには主人の協力がなければできないのです。

主人は母の夜の見守りをして母のことをよくしてくれています。父のことも協力してくれるというのですが、私の心に不満が出るのです。私は忙しすぎると自分自身が追い込まれてしまうので、母の介護、父のこと、捧誠会のことと家事を優先すると決めています。
主人は私が家にいる時は毎日のようにスイミング、社交ダンス、時にはゴルフと多趣味です。息抜きでよいのですが、父が何か頼んだ時には特別な用でない限り父のことを優先して欲しいのです。父からホームセンターに行きたいとか要望があっても、昼からスイミングに行きたいので朝でいいかとか、4時頃帰るからそれからでもいいかとか、合理的に時間調整して自分のこともしたいというのも分かるのですが、私には何か自分を中心にしているように見えてしまうのです。
父が思い立っていきたいと思った時に行かないと、また自分で運転したいと思うのではないか、父の気持ちに添っていないように思うのです。それが主人への不満となるのです。私はこんなにやっているのにという思いがふつふつと湧き上がってくるのです。
主人は主人の考えでやっているようですが、私の思いと一致しないと不満になるのです。
思い通りにならない、思い通りに動いてくれない、私の心は主人を私の思い通りにさせたいだけなのか、その不満の心が争いとなり、こん棒をもって殴り合う、その心と同じなのかもしれません。私は真心でやっているつもりでも私の正しさ、私の感情なのかもしれません。

教えを知り、触れることにより自分の心と向き合うようになり、不平不満の心はいけないと頭では分かっていても、心がついていかない自分に気づくことができました。
私は、「心が変われば環境が変わる」という捧誠会の教えは幸せへの方程式だと感じています。すぐに解ける問題もあれば、何年もかかる問題もあるかと思います。
私は今年還暦となりますが、これからの人生問題が解けるまで苦しいけれど、この方程式を使い、苦しみの中に幸せの光が見いだせるようになりたいものです。幸せは待っていて来るものでもなく、自分から歩いていくもの、それが幸せへと、平和へと向かう歩みだと信じて…。

(N女 会員の手記をもとに編集したものです。)