会員の声

悠久世界平和建設運動に誇りを持って取り組んでいく

修養団捧誠会会長 早山 徹

教祖出居清太郎先生は、大正12年の関東大震災の惨状を目の当たりにされ、衆生(しゅじょう)済度(さいど)の志を立てられました。そして、箱根、伊豆、静岡等を巡る東海道に修行の旅に出られ、命がけの厳しい修行の中で、神の啓示(けいじ)を受けられ、世界平和のために生涯を捧げられる決意をされました。
昭和3年、日本において軍の支配が進んでいることに対し、警告を発する謹告(きんこく)文(ぶん)を出されましたが、相手にされることもなく、かえって治安維持法違反の疑いで投獄されるなど、弾圧を受ける結果となりました。先生の世界平和への努力がなかなか功を奏することなく、忸怩(じくじ)たる思いで過ごされたことと想像します。
昭和16年、修養団捧誠会が発会し、戦中、戦後の混乱の中でご苦労された方々の救済に全力を尽くされ、弟子として、また協力者としての会員が増加していきました。
昭和40年代に入って、出居清太郎先生は本会の目標として、世界の平和を前面に押し出され、国内並びに一部の外国の地に、世界の平和を誓う多くの神石・和石を建立され、その集大成として、昭和52年10月10日、ここ伊豆達磨山に悠久世界平和郷を建立されました。
 出居清太郎先生はこの日、竣工式において、次のように述べられました。
「神里は、ひとり修養団捧誠会のものではなく、人種・国籍・信教を超えて、世界の人々が富士山を対象に太(たい)極(きょく)と魂の交流をする場所であります。世界の人々が神の子として、心の扉を押し開き、睦(むつ)み合い、一人ひとりが悠久の魂に、悠久のいのちに、揺るぎなき平和建設を誓ってゆく、その場であります」と。
 そして、最後に「私は40億と言われる世界の人々とともにこの喜びを分かち合い、悠久世界平和建設の目標を目指して、堂々の行進を起こしたいと思うのであります」と結ばれました。
この日を契機に、私たちの目標は明確に「悠久世界平和建設」となり、しかも、その目標は修養団捧誠会の会員だけにとどまらず、世界の人々と共有することが求められることとなりました。
それから6年後の昭和58年8月23日、出居清太郎先生は、私たちに悠久世界平和建設運動にまい進せよ、悠久世界平和建設運動を宣布普及せよと言い残されて、ご昇天あそばされました。
悠久世界平和郷竣工から満40年、私たちの悠久世界平和建設運動は、会員の皆様の熱意に支えられて、連綿(れんめん)と続いてきました。しかし、会員の高齢化に伴い、活動の規模は縮小の方向にあります。
一方、世界を見渡しますと、宗教間の対立・紛争、人種間の対立・紛争、そして国家間の対立が深まっています。また、国内においても、さまざまな対立が激化し、私たちの身の回りでもさまざまな対立やいじめなどによって悲惨な事件が多発しています。
このような時こそ、私たちは出居清太郎先生の理念に立ち戻り、その理念を世界に向かって発信し、悠久世界平和建設に貢献していかなければならないと思います。
では、具体的にどうすれば良いのでしょうか。
今、世界平和の大切さを主張する人は決して少なくありません。しかしそこに至るまでの手法やプロセスが異なるために、かえって対立や分断を生んでいます。
先生はこの悠久世界平和郷の最も大切な場所に、「萬霊萬物尊愛(ばんれいばんぶつそんあい)」の木額を掲げられました。万霊万物尊愛、これがすべての問題を解決する鍵だと思います。
すべての霊、すなわち魂と、この世で私たちが使わせていただいているすべての物を大切に、尊び愛するということです。特に魂と肉体とから構成されている人、すべての人を尊重して受け入れ、そして愛することが、何よりも重要なことのように思います。
大変難しいことですが、少しでもできるように努力する。そして、そのことの大切さを見ていただく、そして感じていただく、これが宣布普及だと思います。
先生は「40億の世界の人々とともに」とおっしゃいました。
これも大変難しいことですが、少なくとも捧誠会の中で閉じていてはいけないと思います。外に開いていく、悠久世界平和の理念を、万霊万物尊愛の理念を外へと伝えていく、世界の人々と共有していく、そして世界の人々の幸せのために奉仕をしていくことが大切と思います。
今、皆様方のご協力で、外に向かってその理念を伝える努力をしていただいております。ご縁のある方々に伝えていく、インターネット等を通じて広く伝えていくなどの努力を通して、先生のおっしゃった「堂々の行進」の規模を少しずつ広げていきたいと思います。
悠久世界平和建設運動は悠久に続けていくべきものと言われております。私たちの世代で終わらせることはできません。次の世代を担う人たちにこの運動を継承していかなければなりません。世の中は時代とともに変化していきます。いかなる世の中でも通用する普遍的な理念として、次の世代に伝えていくことが私たちの責任だと思います。

以上、述べてまいりましたように、私たちが今為(な)している努力は決して取るに足らないものではありません。私たちが、私たちの子孫が、そして世界の人々が心身ともに健康で、物心ともに恵まれた安心立命の生活を送れるようになるための努力です。誇りを持って取り組んでまいりたいと思います。

(平成29年10月8日・第41回神里聖地祭における式辞から)