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いのちの親様にまるまるお任せの楽な生き方

母が亡くなる前日の日記に「いのちの親様にまるまるお任せの楽な生き方」と書いてありました。常にみおしえと一千集を手もとに置き生活していましたが、側で見ていて「捧誠会一筋の生き方を貫いてきた母、どうしてそういう心境にたどりついたのだろうか」と知りたくなりました。日記を残してくれていましたので、最期を過ごした高齢者マンションでの生活を中心にたどってみたいと思います。
昨年7月17日に高齢者マンションに入居した母は、その時のことをふゆのあり歌壇に、

子ら四人が探してくれたるホームなり至れり尽せり楽しき居場所

と投稿しています。その日のことを「夕空のすばらしさ、窓からは大海原、一人でこんな贅沢をして良いのだろうか、何が起きても感謝、入居初日にシャワーが出なかったが、不平を思わず言わず、良かった」と日記に書いています。
母は何年か前から胃の不調で食べられなくなったり、入居前に胸が苦しくなり、緊急入院した時には「この心臓で生きているのが不思議なくらいで、いつ止まってもおかしくない状態です」と言われたりしていました。
それに関しては「神様の愛に支えられ、人生最後のしめくくりをさせていただくことができる。これほどの四合わせがあろうか、勿体ない、ありがたい。神はまず自分の心を成長、魂を成長させることを求めておられる。活かされ、生きていく意味がそこにある」と記しています。

入居後は部屋の掃除と洗濯は妹と弟のお嫁さんで分担し、二人とも本当によくやってくれました。母の入居を聞いて多くの方が面会に来て下さいました。5階に談話コーナーがあり、支部の方々、姪たちや短歌の友人、日野原先生の新老人の会でのお友達の来訪と、せわしく楽しい時を過ごしていました。様子を見ていると体調に合わせて食事も動きも無理しないで、すべて神様の思し召しどおりと徹底しているのを感じました。

母は10年ほど前に網膜に変調をきたし、片方の目が見えにくくなりました。最初はテレビを見たり、字を読むのも断念していたようですが、慣れるにつれ自信がついたのか読書会に入れていただき、課題の本も読めるようになっていました。ところが昨年9月に入り、目の調子が悪化しました。ここからは母の日記から抜粋させていただきます。
「目が変調、黒い幕が下りる、目がついていかない。デイサービスでのぬり絵は目を使うので無理になる。どうして時間をすごすか、これからの課題。高い心を神は許して下さらぬ、いかに高い心か、自分の心が恐ろしい、低い心の大切さを身をもって教えられる。感謝」と綴っていました。

10月1日小池百合子知事が希望の党を結成して選挙がごちゃごちゃになる。日本はどこへ行く。この時代を生きてゆくのはみおしえに基づいて行くより他なし、神のみ心のままに心の中を低く、正しく、温かく見直しながら一日一代でゆくこと。
10月3日いつもの通り、でも体調はよくない、眼が疲れる。食欲もいつもと違う、また助けていただきました。喜びの心に切り替え、感謝の言葉を出していたらスッキリ。
10月11日広い空、広い海、今までに全く経験したことのない環境で体が甦ったとしか思えない。御霊光を全身で受けている。

難ありてその苦しみに勇むならただちにお陰みえてくるなり(一千集)

このように体調がもう一つでも気持ちを切り替えていた母ですが、この後、少しずつ悪化していきました。

11月18日みしらせ、朝から全く予測もしない体調、何がどうなったのかわからない。感謝で通して頂きます。朝食パンを少々、昼食みそ汁だけ、でもホームのイベントには出られる。

この頃には「夜寝られず、疲れでクタクタ、これを感謝で受けるのが私の役目」と続いています。
12月に入ってからの日記には少しずつ弱っていくのを自覚し、「具合が悪い、全く食べられず、心臓が苦しいという日が続く、その中でも喜びを数えて暮らすことを忘れていた。平和の祈りに重点をおくこと」等が綴られています。

12月28日寝ているのもしんどい、早く起きてじーっとして夜の明けるのを待つ。神様はいついかなる時も最高の道を通らせて下さっている、信じてお供すること、ありがとうございます。
1月1日初日の出を拝みに5階に集まる。輝かしい太陽が燦燦(さんさん)と輝く。心臓さんのおかげで素晴らしい初日の出を拝むことができた。元旦が暮れようとしている、こんな新年の迎え方もある。夜通し苦しい、5時にベルを押す、そのまま朝、これも私の居場所。
新年を迎えて、母は次のうたを詠んでいました。

戌年は浄土か地獄か極楽かいずれが来ても私の居場所
何もかもみ親の御手にまかせきり私は静かに平和の祈り

1月10日背中が痛くなり救急車で入院、一命をとりとめる。
1月16日劇的に回復して退院。きびしいみ知らせ、すべて神様の大愛のあかし。
1月18日腸さんに感謝を知らされる。我(が)をとり去るみしらせと思うが神のみこころに唯感謝。

と続いていました。そして1月20日に亡くなりましたが、ふと思い立って私は19日に母に会いに行きました。結果的に私が母に会った最後の訪問者となりました。その時二人でみおしえの話をたくさんさせていただきました。それは神様のお導きだったとしか思えません。
母は「どんな計らいも神の愛と信じている、辛い状態がきても乗りこせよとの思いで神がくださる。神の愛だからすべて受け入れる。神と一体でないといけない、神の言うとおりにしていたら不安がない。神はすべて受け入れて下さるから自分の正しさを出さず、これでええと心を切りかえて通る。基本はご恩返しをさせていただいている。人生の結論は神法一」と話し、最後に私に「ご恩返し」の幟(のぼり)を立てておきなさいと言いました。

ご訓話に、「神慮に合一するというのは、我々の目の前に現れてくる大小さまざまの現実に神慮をさとり、その神慮にそうていくことであります。(略)辛い、苦しい、耐え難いことを喜びに変えていけるのはそこにこもっている神慮を悟り、神慮にそうていくからであります」とあります。
「神慮に合一する」「与えられた環境を受け入れる」ことができれば人生何が来ようと恐れることなく、「いのちの親様にまるまるお任せの楽な生き方」ができるということを母は教えてくれたように思います。

(M女)