会員の声

認知症の母の介護を感謝をこめて

私は92歳になる母を老々介護しながら2人で暮らしております。 母は父が亡くなってから14、5年は元気に地区の老人会や好きな童謡の会に参加し、また各地で行われる捧誠会の式典に私をお供に参加するなど、元気で充実した生活を送らせていただいておりました。しかし、だんだん年を重ねるとともに、認知症が現れてまいりました。物忘れぐらいの頃はまだよかったのですが、失禁するようになり、その上認知症特有の汚れた物を隠すといった症状が現れてきました。トイレはもちろんですが、部屋や廊下なども汚すため、毎日拭いてまわらなければならなくなりました。

そのころから母は、心細くて寂しいから同じ部屋に寝てほしいと言うようになり、狭い部屋で一緒に、母はベッドで、私は床に布団を敷いて寝るようになりました。母は深夜の2時や3時にトイレに起きるものですから、私も目が覚めてしまいます。その都度確認して、汚れていれば拭き、掃除をしてから布団の中に入るのですが、寝ようと思っても今度は目が冴えてなかなか寝つかれない日が続きました。夏場はまだいいのですが、冬場はこたえました。 だんだん寝不足が重なり、イライラしている自分に気づきました。こんな心持ちではいけないと思い直しながらも、またすぐにイライラが募る毎日でした。 少しでも負担を軽くしなければと、紙パンツをはいてくれるよう何度も何度も頼みますが、「私は紙パンツが嫌いです」と言って聞き入れてくれません。トイレはもちろん、ベッドの周りなど目につくところに置いてみましたがまったく効果がありません。イライラは募り、怒ってみても聞いてくれないことはよくわかっていても、大きな声で怒っている自分が嫌になっていました。 早くこの状況から抜け出したいと思う反面、これは私に対する「みしらせ」なんだと思う心が交錯して落ち着かない毎日でした。

心だけでも落ち着かせようと、毎日のように捧誠会の『誠書』とか『三六五日のみおしえ』ポケット版を持って近くの海辺に車で行き、車内で読んでいました。時には読んでいるうちに眠ってしまうことも度々でした。そうした生活の中で、どうしたら紙パンツをはいてくれるようになるのか、どのように私が対応すればいいのか、主治医や多くの方々からアドバイスをいただき、私なりの介護に努めていました。 ある日、風呂上がりに下着を探す母に、「はい、パンツ」と言って、紙パンツを手渡していました。その時、母は何も言わずにすんなりとはいてくれました。今まであの手この手を駆使していた時は、なんだかんだと嫌がっていましたが、今日はどうしたことだろうと、不思議でした。 教祖のご訓話の中に、「人の日常にはなにやかやと多事多難の生活が続くために争いも生じ、修養が足らないために、また人格も完全でないところから、ねたみ、うらみ、そねみの心を持ち、ついには心身ともに疲労するのが常である。かかる時に精神力の休養、肉体の休養をすることも反省の一つである。罪を犯したから、みおしえの実行ができないから、反省しなければならぬという意味ばかりでもないのである」とあるのを見つけました。 このご訓話を読ませていただいた時に、海辺で『誠書』などを読んでいたことが心の休養になったのでは、また、眠らせていただいたことは、肉体の休養になっていたのではないかと思います。そのようにして知らず知らず休養から反省につながり、母も紙パンツをはいてくれて、私の感謝につながっていったのではと思います。 それ以後は百パーセントではありませんが、ほぼはいてくれるようになりました。これで多少は楽になるかなと喜んでいました。しかし、母には紙パンツをはいているという意識がありませんので、新たな問題が起こりました。

本人には紙パンツをはいている意識がありませんから、もったいないから洗って、またはこうという気持ちなのでしょう、風呂場で紙パンツの洗濯が始まりました。当然紙の部分は溶けてバラバラになります。中の吸水材は水分を含んでふくらみ、洗い場に拡散し、それを排水溝に流していたようです。何回か流したものですから、とうとう排水溝が詰まってしまいました。パイプ通しで通そうとしても通らないので、やむなく業者に頼み、通していただく始末です。その後も何度となく流していました。 私としては、洗い場の掃除をする手間はかかりますが、排水溝に流されるよりいいと思い、排水溝の蓋にネットをかぶせて流れないようにしました。しかし、何日か後に今度は稼働させている洗濯機の中に私が気づかないうちに紙パンツを入れているのです。溶けた紙や吸水材が衣類に付着しています。付着した紙を取り除くのに余計な手間がかかります。入れないでくれるように言っても、何度言っても同じことのくり返しでした。洗濯機の上に張り紙をしても変わりません。腹が立ち、紙の付着した衣類を見せると、「誰かほかの人が入れたんで、自分はそんなことはしない」と逆に怒ってしまいます。腹が立ってきてついつい怒ってしまいます。

そんな日々が続く中で、昨年の4月頃だったと思いますが、いつものように腹を立てながら風呂場を掃除していると、ふいに頭に浮かんできた言葉が「ご恩返し」でした。腹を立て、怒りの心でいくらお世話をしても、ご恩返しにはならないよとお叱りをいただいたような気がしました。 教祖は、「心のチリは目に見えないから、それを払い浄めていくことは困難でありますが、どういう時に心が汚れているのか、チリがついているのか、こういうふうに教えられるのは、一番手近い所で教えられる。それは自分の心に感謝ができない。自分が感謝できないことばかり相手が行ったり言ったりする。これは、本当は、私の心を浄めてくれる砥石(といし)です。ヤスリです」と教えて下さっています。 紙パンツをはかなかったり、洗濯機に入れて私を困らせるなどの行動は、すべて私の心を浄化するための砥石であって、口先だけの感謝でなく、心の底からの感謝が足りなかったことに気づかせていただきました。また、母は、認知症というかかりたくもない病気にかかり、見せたくもない姿を見せながら、いのちの親様のみ心を私に気づかせるための行動であったことに、申し訳ない心と共に感謝の心がわいてきました。

あと何年生かしていただけるか分かりませんが、ご恩返しと介護に精いっぱい努めてまいりたいと思います。また、私も自分自身の心の浄化にふんばっていきたいと思います。

(S男)