日々のみおしえ

06月25日

真実と思い語れどなす業(わざ)が神に添わねば無理となるなり

お互いに自分独りが正しく、真実であると言い乍(なが)ら、行って居ることが不利なことになりますと、どんな人でも迷いが生じて、何故こうなるだろう、何故なのかと思い、もがけばもがく程この世が厭(いや)になり、死の旅にと心が動くこともあります。死んでどうなるか、あの子があの人がと、又周囲のことを考えて思い直し奮起しますが、その心情は言うに言われぬものがあります。その折、心の中に浮かび、心に聞こえてくる響きは、目にも見えず耳にも聞こえませんが、これは天啓或いは命の親の訓示と申しましても過言ではありません。心に響き、身に応えて来る感じは、善悪共に皆自然の響きなのであります。悪いことが響けば改めよ、悟れよ、学べよ、修めよと教えられたのである、善いことが響けば日頃の積徳によって褒美を戴いたのであると、万事悟れて来れば幸いであります。